きのこの日々。

日々の記録です。

新年度に。

新年度ですね。

行政関係のお仕事をさせてもらっていると,年度はじまりの仕事が多いです。ついでに「平成」だとか元号で書類をつくることも多いのですが,「平成40年度を目処に」とか書いていても全然ピンと来ないし,結構めんどくさいことも多いです。

 

でも,電車で初々しいスーツ姿を見かけたり,食堂が入学手続きに来た新入生で溢れていたり,それでいて桜が咲いていたりすると,「はじまったんだ!」「案外年度って考え方もいいなあ」なんて思って,新鮮な気持ちになりました。

1年に2回も気持ちを切り替えるタイミングがあるなんて,実はお得なことなのかもしれません。

 

 

読みました。 

20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社新書)

20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社新書)

 

 

 

先にぼくは,文章を書く目的について「読者を動かすこと」だと書いた。そして文章を書くことは,他者を動かんさんとする“力の行使”なのだ,と。

(中略)

 たとえば,日記のように日々の出来事を書き綴ったブログは,他者を動かすための文章ではないように思われる。誰かに「こうしなさい」と命令するような内容ではないし,多くの場合が自分の気持を吐露しているだけである。

 しかし,それを他者の目に触れる場に公表しているということは,心のどこかに「自分のことをわかってほしい」との思いがあるはずだ。「自分のことをわかってほしい」と願うこと,それは他者の心の変容を求めていることに他ならない。

 

 

 

そういえばどうしてブログをはじめたのだろう。

実は元カノにフラれた直後にはじめたんですね。

 

フラレた後も執着がひどくて,手放したくなくって,うじうじしながら日々を送っていました。

でも少し理解できて,すっきりして,最後にバイバイって電話した時にブログのことを話したんですね。

 

僕にとっての最初の読者は元カノでした。

 

きっと,自分のことをわかってほしかったのだろうなあと思います。

 

「わかって!そしてもう一回こっちを向いて!」

そんな諦めの悪い思いも持っていたのだと思います。

 

正直なところ,今でもフッと寂しくなった時,そんな思いが頭をもたげるときもあるけれど,いつからかブログの向こう側にいるかもしれない元カノのことを意識しなくなっていました。

 

あんなに引きずっていたのにって,むしろ戸惑うほどで,よくわからない感覚。

もしこの記事を読んでくれていたらうれしいなって思う気持ちもあれば,なに書いてるんってツッコまれそうな気がしたり,引きずってたことが恥ずかしかったり。

 

最近の記事は誰を思って書いていたんだろうなあ。

そんなことを考えた週末でした。

 

明日からまた仕事と研究。

そろそろ調査もはじめたいしがんばらねば。

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あなたのブログの向こう側には誰がいますか?